坂東札所巡りですが、最後まで残っていた第33番補陀洛山那古寺(那古観音)にお詣りして、やっと結願出来ました。
2月3日〜4日にかけて、小湊鐵道などに寄り道鉄しながら館山へ行き、温泉に一泊して那古観音にお詣りしてきました。(寄り道鉄の写真は別途、記事を改めて...)
直近の坂東札所巡りは13番浅草寺で、お詣りしたのは2012年4月でした。
那古寺には翌2013年の春にお詣りしようと考えていましたが、諸般の事情により昨春はお詣り出来ず、2年越しとなっていました。
岩槻の慈恩寺(第12番)を2008年11月にお詣りしたのが坂東三十三観音巡りのスタートでしたから、足かけ6年3ヶ月掛かって結願出来たことになります。
前日は4月頃の気温でポカポカ陽気でしたが、この日は曇り空の肌寒い日でした。
それでも館山は暖かいのでしょう、開花した紅梅が出迎えてくれました。
仁王門です。
奥には観音堂が見えていますが、何かちょっと変ですね...
観音堂へ行く途中の多宝塔ですが、振り返って撮影しています。
あちこちに椿も咲いていました。
観音堂は館山湾の方を向いていたので、仁王門から本堂を見ても側面しか見えなかったわけです。
それで、仁王門越しに見た時に違和感があったのでした。(仁王門は写真の右手になります)
崖の途中に南向きにお堂を建てたので、立地的に正面に仁王門を作れなかったのでしょうね。
今年は午年なので、坂東も秩父も観音様は総開帳です。
観音堂の裏山は切り立った崖になっていて、途中の岩屋には石仏が祀ってありました。
水仙の花はもうほとんどが見頃を過ぎていました。
那古観音の境内にはツワブキが沢山ありましたが、(当然ですが)既に花は終わっていました。
ツワブキは好きな花なので、知っていれば咲いている時を狙って行ったのに...
また、桜の木も沢山ありましたので、小湊鉄道やいすみ鉄道と絡めて桜の時期に再訪するのも良さそうです。
2014年2月4日撮影
子供の頃、父親に連れられて沼袋(東京都中野区)の明治寺(通称百観音)に散歩に行きましたが、その頃は百観音の何たるかは知る由も無く、ただ沢山の石仏があって「百観音」の言葉だけが記憶に残っていました。
その百観音巡りが、手を伸ばせば届きそうなところまで来ました。
秩父三十四観音は既に結願していますので、あとは西国三十三観音を巡れば見事百観音巡りとなるのですが...
西国は遠いのでそう簡単には行けそうにありません。
2月3日〜4日にかけて、小湊鐵道などに寄り道鉄しながら館山へ行き、温泉に一泊して那古観音にお詣りしてきました。(寄り道鉄の写真は別途、記事を改めて...)
直近の坂東札所巡りは13番浅草寺で、お詣りしたのは2012年4月でした。
那古寺には翌2013年の春にお詣りしようと考えていましたが、諸般の事情により昨春はお詣り出来ず、2年越しとなっていました。
岩槻の慈恩寺(第12番)を2008年11月にお詣りしたのが坂東三十三観音巡りのスタートでしたから、足かけ6年3ヶ月掛かって結願出来たことになります。
前日は4月頃の気温でポカポカ陽気でしたが、この日は曇り空の肌寒い日でした。
それでも館山は暖かいのでしょう、開花した紅梅が出迎えてくれました。
仁王門です。
奥には観音堂が見えていますが、何かちょっと変ですね...
観音堂へ行く途中の多宝塔ですが、振り返って撮影しています。
あちこちに椿も咲いていました。
観音堂は館山湾の方を向いていたので、仁王門から本堂を見ても側面しか見えなかったわけです。
それで、仁王門越しに見た時に違和感があったのでした。(仁王門は写真の右手になります)
崖の途中に南向きにお堂を建てたので、立地的に正面に仁王門を作れなかったのでしょうね。
今年は午年なので、坂東も秩父も観音様は総開帳です。
観音堂の裏山は切り立った崖になっていて、途中の岩屋には石仏が祀ってありました。
水仙の花はもうほとんどが見頃を過ぎていました。
那古観音の境内にはツワブキが沢山ありましたが、(当然ですが)既に花は終わっていました。
ツワブキは好きな花なので、知っていれば咲いている時を狙って行ったのに...
また、桜の木も沢山ありましたので、小湊鉄道やいすみ鉄道と絡めて桜の時期に再訪するのも良さそうです。
2014年2月4日撮影
子供の頃、父親に連れられて沼袋(東京都中野区)の明治寺(通称百観音)に散歩に行きましたが、その頃は百観音の何たるかは知る由も無く、ただ沢山の石仏があって「百観音」の言葉だけが記憶に残っていました。
その百観音巡りが、手を伸ばせば届きそうなところまで来ました。
秩父三十四観音は既に結願していますので、あとは西国三十三観音を巡れば見事百観音巡りとなるのですが...
西国は遠いのでそう簡単には行けそうにありません。